富士山の撮影に役立つ情報を紹介します
富士山を撮影する方は「美しく自然豊かな作品を撮りたい」「感動的な瞬間を写真に収めたい」「郷愁豊かな作品にしたい」と願い出かけます。そして、願い叶って素晴らしい場面に出会ったときはシャッターを押す手が震えるほど感動するものです。カメラマンにとって、この感動こそが醍醐味であり、豊かな人生を送る大切な時なのです。しかし、富士山は撮影場所に行けば何時でも撮影できるわけではありません。むしろ…富士山を撮影できるときは少ない!?…のです。出かけても撮影できるときはけっして多くはありません。富士山が見えないときも多いのです。
では、富士山の撮影にはどんなときに出かければよいのでしょうか?「残念でした…!、無駄足でした」となることをなるべく少なくするため、以下に撮影に役立つ情報をまとめました。
富士山の撮影に適した月別日数
次のグラフは、比較的撮影に適した富士山が現れた月別日数をグラフ化しました(あくまで主観です)。2017年~20年の4年間における山中湖村平野(標高約1000m)からのデータです.データには変動があるため、あくまで参考データとしてご覧ください。なお、このデータは山中湖村観光課が運営するライブカメラ「絶景くん」からカウントしました。
上のグラフから考えられること
富士山を撮影するには、日出及び日没時刻前後がよい
上のグラフから、日出・日没前後が撮影に良いことが分かります。それは、日出前後は上昇気流の発生が少なく、雲や霧が湧きにくいのがその理由です。また、日没前後は地上付近の気温が下がるため上昇気流が弱まり、日中に富士山が雲に覆われていても徐々に雲が消えていくためです。
また、日出・日没前後は富士山が鮮明に見えたり、朝日や夕日で紅(赤)富士となったり、朝焼けや夕焼けが現れたりなど、楽しみも多い時間帯です。
日中は撮影チャンスが少ない
日中の撮影は、早朝や夕方に比べ、雲に覆われ山頂が見えないことが多く、撮影は難しいことがわかります。特に6~9月は撮影チャンスが少なく2017年8月は皆無でした。6~9月は晴れていても高温多湿の日が多く、日中は地上が熱せられ上昇気流が発生してしまうのがその理由です。
9・10月は思ったよりも撮影チャンスは少ない
9月は夏も終盤。清々しい風を感じるときがあります。また10月は暦の上でも秋となり各地から紅葉の便りも届いてきます。このことから9・10月は気候も安定し、乾いた空気に包まれて富士山の撮影チャンスも増えると思っている方も少なくないと思います。しかし、上のグラフから意外に撮影チャンスは少ないのです。それは、富士山周辺での降水量が物語っています。山梨・静岡県では最も降水量が多い時期は9月ですが10月も6月とほぼ同じ程度の降水量を記録しているのです。秋雨前線、台風、低気圧による影響がその理由です。
9・10月の撮影チャンスは多くありませんが秋雨前線の南下や、大陸生まれの乾いた空気を持つ移動性高気圧に覆われた日などは、すっきり鮮やかな富士山がカメラマンを迎えてくれる時期でもあるのです。
6~9月は思いがけない独特な写真が撮れる可能性もある
夏の気候は湿度・不安定・前線と言われています。気温と湿度が高ければ雲が発生・発達します。そして、その雲が積乱雲となり急に雷雨となることもあります。私はまだ撮影したことはありませんが、以前に河口湖美術館主催の富士山写真大賞で稲妻が富士山とともに撮影された作品がありました。夏季は、雲の発生が多い季節ですが、夏らしい感動作品が撮れるチャンスでもあるのです。
晩秋・冬季・初春は撮影のチャンス!
上のグラフから11~3月頃までは撮影チャンスが多いことが分かります。富士山をはじめ撮影ポイントのほとんどが太平洋側にあるのがその理由です。
左は、2016年12月28日9時の天気図です(気象庁HPより)。日本の西側に高気圧、東側に低気圧があります。これを「西高東低型」といい、日本の冬を代表する気圧配置です。日本付近では等圧線が南北に伸び北~北西からの風が吹きやすい状態になっています。
左の画像は、同日(2016年12月28日9時)の気象衛星画像を気象庁HPから引用しました。雲により日本列島が見えにくいのですが、日本海に筋状の雲があり日本海側が降雪していることが分かります。そして、太平洋側には全く雲がありません。
下の説明図をご覧ください。気圧配置が西高東低になると北や北西の風(季節風)が強く吹きます。日本海を吹き抜けるとき季節風は海上から多くの水蒸気を蓄えます。その季節風が日本の山脈にあたると上昇気流が発生し雲となり日本海側に雪を降らせます。雪を降らせた風は山を越えた後、乾燥した風となり太平洋側に吹いていきます。そのため、太平洋側は気温も湿度も低い晴天となるのです。
富士山は太平洋側にあり、季節風が強く気温が低い日は富士山がくっきり見え撮影も長時間楽しめます。
グラフでは読み取れない役立ち情報
標高の高いところは低い場所に比べ撮影チャンスが増える
富士山を隠すのは雲や霧・靄などです。次に雲について考えてみましょう。下の図は、雲の種類と高さを図解しています。これを見ると、地上から富士山を眺めたときに頂上を隠す雲は地上から標高2,000m付近にできる下層雲(層雲、層積雲、積雲、積乱雲)及び2,000~7,000mにできる中層雲(乱層雲、高層雲、高積雲)です。5,000~13,000mに氷の粒が集まってできる上層雲(巻雲、巻積雲、巻層雲)は富士山より上空にできる雲なので山頂を隠すことはありません。このことから、富士山より低いところにできる雲(下層雲、中層雲の一部)よりも高いところに行けば山頂を見ることができるチャンスが増えるといえます。そして、その時にできている下層雲や中層雲の一部は、雲海となって迎えてくれます。このように、標高の高い所は低い場所に比べ撮影チャンスも増え、雲海という絶景も撮影可能です。2017年8月の日中は、富士山の撮影チャンスは一日もありませんでしたが、標高の高いところでは撮影チャンスがあったかもしれませんね。
降雨の翌日が撮影チャンス!
雨は雲からできますが、雲は核となる物質がなければできません。核となるのは空気中に漂っているチリ・ホコリや排気ガスや煙などの汚染物質等です(これをエアロゾルといいます)。核に水蒸気が付着すると、ごく小さな水滴ができます(気温が低いと氷の結晶となります)。これを雲粒とよんでいます。そのごく小さな雲粒が雲の正体なのです。ごく小さな水滴や氷の結晶(雲粒)はお互いにぶつかり合いくっつき合うことによって、しだいに大きくなってやがて水滴(雨粒)へと成長します。1つの雨粒には百万個以上の雲粒がくっついているともいわれます。だから、1つの雨粒の中には、それだけ沢山のチリ等が含まれていて地上へと落ちてくるのです。(下の図参照)
だから、雨は空気中のチリや排気ガスや汚染物質も地上へ落下させます。雨は空気をきれいにする効果があるのです。雨は空気の掃除屋さんなのです。
上の写真は2枚とも山中湖村平野の湖畔で撮影しました。写真Aは3月12日、写真Bは3月15日の撮影です。撮影時刻は2枚とも午前7時です。両日とも快晴でしたが2枚の写真には明瞭度に違いがあります。写真Aは鮮明に写真Bはくすんでいます。2枚とも快晴の日に撮影したのになぜ明瞭度に違いが生じたのでしょうか?それは天候に関係しています。写真Aを撮影する前の3月8日~10日までは雨天で3月11日は曇りで富士山は見えませんでした。写真Aは雨天後に撮影したことになります。そして、3月12日から15日は快晴でした。では、なぜ写真Bがくすんでしまったのでしょうか?それは、3日間快晴が続いたことでエアロゾルが大気中に浮遊したからです。このことから鮮明に撮影したければ雨上がりの翌日がよいことが分かります。
厳冬期で季節風が強いときは快晴が続いても明瞭度は低下しない?
降雨の翌日から穏やかな快晴が連続するときは、前述したように「降雨の翌日」が撮影チャンスです。しかし大陸から強い寒波が押し寄せ、日本列島が強い冬型になったときは少し異なります。
強い冬型となり、非常に強い寒気が上空に流れ込み続けると太平洋側は連日強い季節風にさらされます。強い冬型になるときは前線や低気圧が日本列島を通過し前日に雨や雪が降ることが多いです。雨や雪が降った後に強い冬型になると富士山の姿はどうなるでしょう?雲がなく明瞭な富士山が長時間見られるのでしょうか?実際はそうではないようです。下4枚の写真をご覧ください。これらの写真は2018年1月24日(水)、25日(木)26日(金)27日(土)7:00の絶景くん画像です。1月23日(火)に雪が降り、翌日からは寒波に包まれた強い冬型になりました。
4枚の写真を見ると、前日に降雪があった1月24日(水)の富士山をご覧ください。山頂付近から左の稜線に沿って雲が出ています。これは、気温の低い北西の風が富士山に強く吹いており(写真では、右から左に季節風が吹いています)、前日に降雪があったため、まだ空気中に残っている水蒸気を冷やし雲となりました(右図)
次に1月25日(木)~27日(土)の3枚の写真は雲もなく明瞭です。この3日間は強い季節風が吹いていましたが1月24日(水)のような雲の発生はありません。これは、冷たい空気にさらされても雲が発生しないくらい地上の湿度が下がったからです。また3枚とも明瞭なのは日本海側に雪を降らせた後のきれいで乾いた季節風が吹き続けており、地上付近のエアロゾルを常に吹き飛ばしているからです。このことから、降雨や降雪の後に強い冬型になったときは、冬型になった2日目以降が撮影チャンスだといえます。
未明の撮影チャンスは日の出時刻とほぼ同じ
下のグラフは「未明(午前3時)と日出時間帯に富士山が見えたか」をグラフにしたものです(データは、2020年に山中湖観光協会運営のライブカメラ「絶景くん」によりカウントしました)。これを見ると未明に富士山の撮影ができれば日の出時刻もほぼできることがわかり、未明に富士山が見えなければ日の出時刻でも見えないことが多いことを物語っています。でも、少ないですが、未明に富士山が見えなくても日の出時刻には見えてくることもあり、未明に富士山が見えていても日の出時刻には見えなくなってしまうこともあります。
移動性高気圧が日本列島を覆う日は撮影チャンス
左は2018年10月22日の天気図です。揚子江付近で発達した高気圧が偏西風によって移動し日本列島を覆っています。
移動性高気圧は春と秋を代表する高気圧です。高気圧が西から東へと移動しているため「春(秋)に三日の晴れ無し」と言われるように晴天は長続きしません。
移動性高気圧が通過するとき高気圧の東側は乾燥した晴天域となります。それは高気圧の東側はゆるやかな下降気流となっているからです。そのため富士山が高気圧の東側に位置するときは、ほぼ晴天になるので撮影の狙い目となります。また、高気圧通過後は高気圧と次の高気圧の谷間(低気圧)が近づき天気は下り坂となります。なお、高気圧の中心が通過した後には富士山の上空にほうきで掃いたような高い雲(巻雲)が現れることも多く、撮影の楽しみは続きます(写真下)。
移動性高気圧の東側では気温が下がり霧や靄が発生しやすい
左の図は、高気圧から低気圧に向かって吹く風の方向を矢印で示しています。この図から高気圧の東側では低気圧に向かって下降気流が北西から吹いて来ることがわかります。北西の上空から吹き降りてくる風ですから、ゆるやかな風でも当然、気温が低い晴天域となります。
そして、夜間には、地上や地上付近の放射冷却も加わり気温が昼間に比べ、かなり低下します。気温が下がったときに地上付近に温かく湿った空気があるとどうなるでしょう?温かく湿った空気は水蒸気をたくさん含んでいます。温かく湿った空気が冷やされると水蒸気の一部が水滴(霧や靄)となって浮遊し視界を遮ります。一般に見通しが1㎞に満たない時を霧(きり)、1キロ以上の遠くでも見える場合を靄(もや)と名付けています。また、地上で100m以下、海上で500m以下しか見えない場合には「濃霧」と呼んでいます。なお、我々がよく使っている「霞(かすみ)」は気象用語ではありません。周囲の風景がぼけているときに使う言葉で、黄砂や煙・排気ガスであっても霞と言っています。次に霧や靄が発生する要因により次の通り分類されています。
【放射霧】
放射冷却で冷えた地面が、地面から近い水蒸気を多く含んだ温かい空気を冷やすことで発生する霧のことです。谷沿いや盆地で発生しやすく、それぞれ谷霧・盆地霧と呼んでいます。右は谷間に発生した谷霧です。
【移流霧(いりゅうぎり)】
温かく湿った空気が水温の低い陸や海に移動し冷やされたときに発生する霧のことです。
【蒸気霧(じょうきぎり)】
蒸気霧とは寒いとき息が白くなるのと同じ原理で、暖かく湿った空気が冷たい空気と混ざって発生する霧のことです。冷たい空気が温かい湖や川を覆ったときにみられます。山中湖など富士五湖で発生する霧のほとんどは蒸気霧です。気嵐(けあらし)とも呼ばれています。
【前線霧(ぜんせんぎり)】
雨が降り湿度が高くなったところに比較的温度の高い雨が降ると雨粒から蒸発した水蒸気で発生したときにできる霧のことで、温暖前線付近で発生します。雨が降っているので富士山は見えません。
【上昇霧(じょうしょうぎり) or 滑昇霧(かっしょうぎり)】
湿った空気が温まり山に沿って上昇して発生する霧のことです(写真左)。遠くから見ると山に雲が張り付いて見えます。晴れた日中に富士山にかかる雲はこの霧のことです。この後に説明する旗雲(山旗雲)といわれます。
富士山の南東側~南側からの撮影は早朝がお勧めです
富士山の撮影をしていて気付くことがあります。それは、富士山の南東側から南側からの撮影チャンスが少ないことです。理由は富士山の南東側から南側にかけて上昇霧が発生しやすいことです。上昇霧は旗雲(山旗雲)といわれています。旗雲が発生すると、その雲の下に位置する地域からはでは富士山頂が見えません。静岡県駿東郡小山町や御殿場市、裾野市、富士市、沼津市などが該当します。下の4枚の写真をご覧ください。
上の4枚の写真は山中湖観光協会が運営するライブカメラ「絶景くん」の4月30日の画像です。8:50頃は富士山にかかる雲はありませんでしたが、9:10頃から旗雲の発生が見られ、時間の経過と共に雲が発達しています。そして午前中には雲が富士山を覆ってしまいました。
旗雲は富士山頂を越える冷たい気流が風下側の斜面を昇る温かい気流と接するときに発生します。富士山の左側(南東側~南側)は海側であり、人口も多い地域であるため温かく湿った空気が発生しやすく、気温の上昇とともに上昇気流となり富士山の斜面を駈け上ります。そして、北西からの冷たい空気に接することにより旗雲(上昇霧)ができるのです。そのため、旗雲は北西の風が強い日に発生しやすく、そのため、旗雲の下に位置する地域での撮影は早朝がお勧めです。